アンテナ系での静電気由来ノイズ (その1)           最新改定 2017.Apl.21 JH3FJA

 「アンテナ系での受信ノイズ」に関し静電気が何かしらの悪戯をすることは多くの方が経験しています。遠方のいわゆる空電ノイズとは違う自分のアンテナ系で生じる受信ノイズ現象を 少し堀り下げてみたものです。 適当な邦訳用語がないようなので 静電気由来ノイズ としていますが 「プリシピテーション・スタティック・ノイズ(precipitation static noise)」 と呼ばれているものです。

静電気をひきおこす要因

 屋外に設置されたアンテナに対し 静電気をひきおこす要因は主に2つです。 (A)吹雪、霰(あられ)を伴う嵐、砂塵嵐、、火山灰 などの荷電粒子の衝突により電荷が生じる摩擦帯電、 (B)積雷雲に代表される帯電した雲の低層部の電荷による帯電 です。
 (A)の摩擦帯電(electric charging)は 絶縁材料の表面を摩擦すると静電荷が現われる現象ですが 金属などの導体でも生じます。ただ 導体では絶縁材料のように電荷は(体積内部に)留まらず動き表面に分布します。  (B)の雲の帯電は 雲を形成する霰(あられ)や雹(ひょう)が十分に成長して起こるのですが、帯電メカニズム(の定説)は次のようなものです。

 1) 雷雲(積乱雲)の中の上昇気流により小さな水滴が上空に運ばれる
 2) 上空ほど温度が低いために水滴は氷晶(極く小さな氷の粒)に変化する
 3) さらに周りの水分を取り込みながら霰(あられ)に成長
 4) 霰粒がある程度大きくなると上昇気流による上向き力が重力に負け落下を始める。 このときに落下する霰とまわりの氷晶が次々と衝突、接触による電荷の移動が発生し霰は負に、氷晶は正に帯電する
 5) 結果、雷雲の低高度域では−電荷が濃く分布、高高度域では+電荷が濃く分布する状態となる
 6) この雲の下の地上面は低高度域の−電荷に対峙した+電荷が誘起さたれ状態になる

 参考: 気象庁 防災啓発ビデオ「急な大雨・雷・竜巻から身を守ろう」より 積乱雲のでき方

自然界における電界の強さ

 自然界における電界はその強度でみて地表面で80〜180V/m程度で、左図のように鉛直方向に電位傾斜して分布しています。強く帯電した雷雲が上空に位置するとその下の地表面は3〜20KV/m 程度にまで上昇するとされています。 樹脂系の下敷きを衣服で摩擦して得るような身近な静電気でも 面に極めて近いところでは5〜20KV/m程度あり ますがこれは摩擦した僅かな面積の部分だけです。

 一方、人体は導体であることもあって定常的な電位差が保持されないこともあり 電界に対する感度は非常に低く 10KV/mに曝されても多くの人は感じないそうで、放電を伴う電気ショック(電流の通過)で始めて認識するのだそうです。 これがベースになっているのか電界の人体影響の観点では、WHOの環境基準が10KV/m以下を、日本の電気設備技術基準が 地上1m位置で3KV/m以下を それぞれ許容基準(限度)としています。 後者は、国内の高圧送電架線下での実態的な電界強度値を加味し設定したようです。

実態現象とその考察

 YouTubeにある顕著な現象のものを幾つか拾い眺めてみました。 肝心の その時の気象状況のわかるものは少なく考察は推測に基づくものです。

(1) static discharge condition.MP4

 KE7TRP局(QTH:アリゾナ州フェニックス)の10mバンド バーチカルアンテナでの現象です。 DC接地を採っていないグラスファイバ(ハウジングの)アンテナと説明されており、減衰振動をもつ受信可聴音波形とその間欠から次のようなことが起きていると思われます。

 1) アンテナハウジングが帯電しハウジング円筒と同軸的に配置されたアンテナエレメント導体表面に静電誘導で電荷が生じアンテナ、フィーダを構成する導電部の電位が上昇する
 2) さらに帯電が進みアンテナ、フィーダの一番電界傾斜が大きくなる構造部位で放電が生じる
 3) 2)の放電によりアンテナ、フィーダ系の電位は下がり放電が止まる。 そして また1)の変化に戻りこれらを繰り返す

 受信機(FT-101の受信状態)側は、アンテナ入力回路の比較的小さな並列抵抗(220Ω)とアンテナコイル一次側で繋がっていますから ノルマルモードでの電圧は低くに抑えられている筈です。

 これは放電トラブル事象の典型的なものであり次のようなモデル化で眺めることができそうです。

 Fig1において、高圧電源と抵抗R0は電荷チャージ要素(導体間空気も含めた誘電体部位)へ流れ込む単位時間あたりの電荷の量を模擬したもの、コンデンサC は何かしらの体積形状をもった電荷チャージ要素を集中的に模擬したもの、放電ギャップは構成要素の部位の中でもっとも電界傾斜が大きい放電部を模擬したものです。

 この構成形態はインダクタンス要素がない(または非常に小さい)ことから 「容量性放電回路」 と呼ばれます。

 右のループアンテナは放電電流の観測目的のものです。


 Fig3 は放電電流を表しています。横軸時間・縦軸電流でギャップ距離が2種類です。 ギャップ0.5mmでは大き目の振動振幅を伴う減衰が、ギャップ2mmでは振動振幅は小さめの単調減衰となっています。波形は1回の放電分ですがこれが概ね R0×C の時定数に沿って繰り返されることになります。
( 出典: 電子機器の信号伝送線路に及ぼす静電気放電ノイズの影響に関する基礎研究、産業安全研究所研究報告 RIIS-RR-93,1994


(2) dipole antenna with static electricity

 暴風雨のもと ダイポールアンテナでの電荷がアンテナ、フィーダ系にチャージされ、放電し易いエッジ形状を持つた(開放)M型コネクタプラグ部で放電のようです。

  この形態の無線機から離した状態での放電は 当局を含め経験をお持ちの方は多いと思います。

 左図は2D電界シミュレータ上で確かめてみたものです。 上側の長い電極と下側の長い電極に電圧を与え電場を作ってあります。 ダイポールアンテナとフィーダをT型をしたワイヤモデル(小さな団子の櫛刺し表現)とし、下寄りの短い縦1本線は テスタを持った人間だと思ってください。

 結果、電界強度が強いのはコンタから アンテナ線の左右先端、フィーダの下端です。 フィーダの下端はその位置の電位にとどまらず もらった電荷のアンテナとフィーダが地面と折りなす静電容量に蓄積され電位が上昇、またテスタ棒の針状が部分電界強度の上昇に寄与、放電し易い部位になるのです。 放電形態はもらう電荷の量とギャップ成状により異なりますが、後述のコロナ放電が放電開始の基本挙動となります。

(3) Snow Static On Ham Radio Antenna

 降雪のもと アンテナから導かれた室内平行線フィーダ(梯子フィーダ)の先で導体をツイスト接続、そこでの放電です。放電電流はフィーダ途中の中型ネオン管を僅かに光らせています

 雪による帯電は 雪雲・降雪接触ともに なかなか強烈なようで この論文での計測、考察は非常に参考になります。
  降雪時の雑音について 北海道大学工学部 研究報告(1958-5-30)  以下に要旨を掲げます。

<屋外実態計測>


 北海道の何か所かに先端形状の違う(ホイップ)アンテナを10m高さの木製タワー上に立て、アンテナから接地への (1)直流電流 (2)電流の周波数成分 (3)ラジオ受信機での可聴雑音観測 と (4)実験室におけるアンテナ先端コロナ放電現象および同類変量の計測を通じ、結論としてノイズはアンテナ先端でのコロナ放電電流によるものであることを導出しています。
 供試アンテナ先端部形状は次の4種です。

  (a) 頂部だけ金メッキ針状 : 「針状アンテナ」
  (b) ペンチで切ったままの : 「切りっぱなしアンテナ」
  (c) 半球状に丸くした : 「先端丸アンテナ」
  (d) (c)を樹脂被覆した : 「被覆アンテナ」

 電流はアンテナが導線で地面接地と接続された途中に設けたシャント抵抗での電圧降下にて(直挿の電流計でも計測)、また電流のノイズ成分周波数については電界強度計を接続し計測、可聴雑音については真空管ポータブルラジオで他のノイズの少ない900Kcでの受信音をそれぞれの計測手段とされた。
 右下の波形は針状アンテナでのアンテナ電流挙動の計測例



 実態計測の結果は次のようなものです。

1) アースに向かい電流が流れる「正電流」 と アンテナに向かい電流が流れる「負電流」 が現れる(主は前者)
  いずれも電流が流れ始めると雑音が発生、電流増大とともに雑音も大きくなる

2) 「針状アンテナ」では
 − 大雪でのアンテナ電流は 2〜6μA程度になる
 − 雑音音色は「ザーザー」の連続音、雑音開始および停止時は「ヒューヒュー」が混じる
 − 負電流の場合には雑音はない

3) 「切りっぱなしアンテナ」では
 − アンテナ電流は針状アンテナに比べ10〜20%と小さい
   (「針状アンテナ」の電流が1μA程度になると はじめて検知できる)
 − 相応し 雑音も僅かに小さい
 − 雑音音色は正電流の場合「ザーザー」
 − 負電流でも雑音が生じ「ザーザー」のほか 「ピューピュー」と楽音に近い時もある

4) 「先端丸アンテナ」では
 − アンテナ電流は「切りっぱなしアンテナ」より更に小さく半分程度
 − 相応し「切りっぱなしアンテナ」より更に雑音は生じ難い
 − 正・負電流いずれの場合にも「ボッ ボッ」という不連続音を出す程度

5) 「被覆アンテナ」では
 − アンテナ電流が観測されず、伴う雑音もなかった


 6) アンテナ電流の周波数成分は左図のように概ね1Mcまで平坦で更に高い周波数は単調減少となっていた

<室内実験>


 屋外での実態計測結果より 降雪時の雑音はアンテナの先端部から発生するコロナ脈動電流によるものと分り人口的なコロナ放電でそれらが確認された。

 着目を 雑音開始電圧(ラジオ可聴音で雑音が認識された最小電圧)、同周波数成分、放電電流によるラジオ雑音の音色 とし、現象の一致具合が考察された。 室内実験装置は スライダック(可変単巻トランス)による元電圧の可変、トランスによる電圧の昇圧、昇圧交流の2極管による整流、帯電荷電模擬の高抵抗とコンデンサ、アンテナ(放電電極)で構成された。


 放電電流の脈動周波数成分です。 1Mcで60db、10Mcで30dbと実態計測と同様の結果が得られています。

 「針」が「針状アンテナ」、「丸」が「先端丸アンテナ」、「切り」が 「切りっぱなしアンテナ」です。

 本dBは電界強度計の直接接続により計測された結果ではあり 0db=1μV と思われますが電流回路に結合トランスを付加しての計測であり定かではありません。

 雑音開始電圧です。 「針」が「針状アンテナ」、「丸めたもの」が「先端丸アンテナ」、「切ったもの」が「切りっぱなしアンテナ」にあたります。

 開始電圧の低いものから 「針状アンテナ 正電流」、「針状アンテナ 負電流」、「切りっぱなしアンテナ」、「先端丸アンテナ」の順で 実態計測でのそれと同様の結果が得られ、開始電圧の差異はアンテナ材直径を含めたアンテナ先端部における電界強度(電解集中程度)の差異によるとしています。


 また 放電下での可聴音雑音とその変化は以下の通りであり 実態計測時の特徴と類似しています。

「針状アンテナ」では、
 0.05〜0.1μA程度から「サー」と微かかな雑音が出始め電流増加により大きくなる
 音色は「ザーザー」が多く 「ボッボッ」、「ヒューヒュー」などが混じることもある

「切りっぱなしアンテナ」では、
 0.2〜0.3μA程度で雑音が出始め 電流増加により大きくなる
 音色は「サーサー」から「ザーザー」になり「ピューピュー」や「ヒューヒュー」などが混じる

「先端丸アンテナ」では、
 0.2〜0.6μA から雑音が出始め、雑音の強さは最初から大きく電流増により更に大
 音色は一寸「ボッ ボッ」が入り、急に「ジャージャー」と強い音になる


 他の文献ですが、ワイヤアンテナに似た水平に張った電線への降雪による帯電データが載っています。

 地上高 5m、60m支持間隔に70mm2の裸電線を40cm離して2本敷設(直列で120m長)し 降雪による帯電電圧を高インピーダンス入力の電圧計で連続計測したものです。 縦軸数字はKV、変化は上の北海道大学の計測結果と よく似ています。

( 出典: 降雪による電線の帯電について


(3') RFI caused by snow static

 雪ものの実受信雑音ということで、上の考察論文の音色と比べるのも良いかなーと思い載せました。 投稿はON4WW局、コールサインからベルギーでの降雪だと思われます。 短波ラジオとはありますが周波数は不明です。

(4) Static Noise on DataModes

 静電気によるコロナ放電ノイズの典型的なものとして選びました。 バンドを切り替えても同じ調子の音色です。これがコロナ放電ノイズの1つの判断材料だと思います。

(5) AM radio Lightning detection (tens of kilometers away )

 いわゆる空電の受信雑音です。 雲と地上の間での落雷 と 雲の中での放電があります。 後者は前者に比べ 従属的に発生する連鎖放電が続くので地上落雷にくらべ音の持続時間が長めになるのが特徴です。

(6) Static Electricity on a VHF antenna during a SOTA activation

 強風の山頂移動運用にて小型VHFアンテナでの放電音、開放したBNCコネクタと足元の火山岩との間での放電音と思われます。アンテナ導体系に加え樹脂ポール、同軸ケーブルシースでの摩擦帯電から導体への静電誘導分もあると思います。

 風関連の雑音に対する原因追求は見つかっていませんが、帯電してからの挙動は(おそらく)雪の場合同様にコロナ放電電流の脈動に起因していると推測します。


コロナ放電

 静電気起源の雑音考察の上でキーとなるコロナ放電(局部破壊放電)に関する整理です。
 放電現象は電極間の電位差によって、電極間の気体に電離が生じ 電子が放出されこれにより電流が流れる現象です。 形態により、雷(稲妻)のような非持続の火花放電、持続するコロナ放電、同グロー放電、同アーク放電に分類されます。

 コロナ放電は尖った電極(針状電極)の周りなど電界傾斜の大きな部分に起こる持続的な放電の総称で、伴い認められる発光が太陽のコロナと似ていることからそのように呼ばれます。 コロナ放電を維持できる最小の電流は非常に小さく 数μA程度であり放電エネルギの供給元として塵や細かな砂などの摩擦帯電がアンテナ構造物のいかんによっては十分に考えられるものです。

 コロナ放電はその様子から左図のような分類がされています。
 ( 図出典:J.Plasma Fusion Res. Vol82,No10(2006) 682-692 大気圧プラズマの物理と化学 )
 図の上側は 尖った電極側に+電圧を印加するケース、図の下側は 尖った電極側に−電圧を印可するケースであり、また両者ともに左から右に向かいより高い電圧の印加による変化を表しています。 前者を正極性放電、後者を負極性放電と呼び 放電開始電圧、放電電流が異なり、(電極の尖り方にもよりますが)正極性放電の方が大きくなります。

 電極間の局所を眺め 空気の絶縁破壊(電離)が起こり コロナ放電が開始される電界は、空気の主成分である酸素分子と窒素分子をイオン化できるだけのエネルギを持つ必要があり、それは概ね 3×10^6 V/m(=3KV/mm)の電界強度を要することになります。 対向する電極の表面近く局所でこれを満足すればそこが局部的に放電するので電極形状での工夫で局所の電界強度を高めると放電に至れます。 例えば昆虫標本に使われる微針と呼ばれるごく細くて鋭い先端をもつステンレス針(先端曲率は半径1μm程度)と平板を電極対とした場合、放電ギャップ3mm開けても、正極性コロナ放電(針側に+電圧印加)は印加電圧3.7KVで、また、負極性コロナ放電(針側に−電圧印加)は1.9KVで持続的なコロナ放電が起きることが観察されています。


<セントエルモの灯>

 自然界の静電気による代表的なコロナ放電は歴史的にも「セントエルモの灯」 だと思います。 学問的には 檣頭電光(しょうとうでんこう) と呼ばれる木造帆船のマスト頂部やブーム(帆を張る横桁)の先端位置での発光現象です。 檣頭とは登檣礼(とうしょうれい:マストやブームに並んでの挨拶)という用語からも分かるよう マストの高い位置を意味します。

 雷雲などで電荷密度が高まり大気が正極、船体部位が負極になっての負極性コロナ放電の絵だと思われます。木造船はその含水を含め比較的大きな誘電率を持ち、また嵐等ではマスト・デッキ等の表面が海水による導電性から抵抗・コンデンサの並列回路となり (火花放電に至らない)安定した放電電流の維持に寄与したのではないかと想像できます。


END


改定 2017.Apl.21 5m高 水平電線の帯電電圧データを追加
作成 2017.Apl.16